目指す工務店の姿と背景を語っていきます。
男に生まれたからにはかっこ良くありたいという感情が備わっていると思います。
それぞれかっこいいには思うことがあると思います。
私にとってカッコいいは何でもできるということです。
また家が一軒建った時、「これは私が建てた!」と言いたい。
私にとってその言葉を使うためには、建築するに当たっての自分の力の割合が高ければ高いほど良いです。
わがままで独りよがりですが、これが原動力であることを前提に語っていきます。
目指す工務店の姿
「目指す姿」で詳しく語っています。
工務店といえば地元のハウスメーカーのイメージを持つと思います。家を建てたいと思った時、発注を大手ハウスメーカーか地元に根ざした工務店かで迷うことがある話をよく聞きます。
しかし工務店といっても形は様々です。建設作業や施工管理を請け負うところもあれば、設計事務所のこともあります。名前だけで言えば建設会社五大大手の一つは「竹中工務店」です。
そんな中で私が目指す工務店を一言で言えば”全部やる工務店”です。
もっと言えば”全部やる人間”です。
設計施工一貫を謳う工務店は多いですが、施工というのはいわゆる現場監督の仕事です。作業する人を手配したり、出来たものの精度や作業者の安全を監視する役割ですね。

ここに実際に作業する職人の仕事は含まれていないことがほとんどだと思います。
そこを私は「職人もやりたい!」のです。なんともわがままというか、現実を知らない若造というか。
なぜそういう工務店、および人が少ないのかというと効率が悪いし儲からないからです。設計だけでも監督だけでも大工だけでも成り立つような仕事量なのに全てをやろうとするのはとても難しいです。
とはいえ困難なほうが面白いし、こなした時かっこいいのは間違い無いですよね。
きっかけ動機
まず幼少期に志したのは大工です。
内装造作大工として働く父のもとに生まれ、小学生の頃から仕事の手伝いに行ったり、日曜大工を卒なくこなす姿を見ていました。
そこでかっこいいなと思ったり憧れたりしたわけではないですが、その境遇に加え、手先を使うことが得意であったこともあり勝手にものづくりに携わる仕事が天職だと思いました。
その時の偏見では、ものづくりの中で一番崇高なものが建築でした。今も主観的な視点では変わりませんが。
人間が行う原始的な行為であり、ものづくりの集大成で、伝統が深く関わっているというところが建築のロマンです。
漠然と大工になりたいと思いつつ、その思いも変わらなかったため今に至ります。
大工の定義とは
その幼少期から大学生までの間、「大工」とは家を建てる人だと思っていました。
私の中で家を建てる=建築行為全体のことで、言うなれば営業・設計・施工・維持管理全てです。現代にそのような仕事の仕方をする職業の名前は存在しないかもしれません。
しかし、過去には「棟梁」という概念が存在しました。
元来、家を施工するのはもちろん大工さんです。仕事を取ってきたり設計したりする人こそ、その中で頭をはる棟梁です。
大工の中で優秀なものが皆を先導する役になっていく様はとてもかっこよく思います。特に物事に対して総合的に関わりつつ、自分も手を動かすということが私にとってのかっこいいの理想といっても過言ではありません。
何が言いたいかというと、私が思い描く大工とは棟梁のことでした。
しかしながら現代では棟梁の概念はほぼ消えています。
現場で担当者、親方、職長とも呼ばれる指揮をとる人を棟梁と呼ぶ会社はあるかもしれませんが、どれも私の中で定義する棟梁ではありません。
彼らは施工のプロフェッショナルであり、営業や設計はしません。それでは棟梁たり得ないです。
たとえ”施工を100%”こなしたとしても私にとっては物足りないのです。それだけでは建築全体の50%くらいかと思います。
恥ずかしい話ですが、建築を学ぶということは大工の技術を学ぶことだというイメージのまま某大学の建築学科に進学しました。いざ勉強し始めると「建築」というのは学問的には設計を学ぶことであり、大工の育成ではありませんでした。
そんなこんなで勘違いから創られた大工の像ですが、私はこれを追い求めていくべきだと思って今に至ります。
職人・監督・設計の関係
大学生の時、解体業の派遣のアルバイトをしていました。そこで監督と雑談している時に、「あいつらは現場をわかっていない」というような設計士に対する愚痴をこぼしているのを聞いて、心底ダサいなと思ってしまいました。
それはお互い様ではないかと。
現在は、型枠や鉄筋作業に従事していますが、毎日のように周囲の職人から監督・設計に対する愚痴が溢れています。この様子を見るたびに悲しくなります。じゃああなたたちは設計や監督がどれだけ考えることがあるかわかっているのか。
しかし設計や監督もまた、職人に対するリスペクトが足りない態度だったり、精度が悪いなどと簡単に言ったりします。じゃあ職人のことを思った設計や段取りが出来ているのか。
お互いが擦りよせ合うのではなく、押し付け合う。
この建築業界の様子が気に食わなくて仕方ありません。
こんなことなら全部自分でやったほうがいいじゃんというのが私の考えです。
この考えが理想の大工実現に向けて背中を押してくれます。
メリット・デメリット
どんな物事に対しても、メリットとデメリットは表裏一体で存在していると思います。
私の思い描く工務店のメリットを挙げるならば
- 職人、設計、監督、他職種との齟齬が解消される
- 前行程の作業待ちがなくなり、悪天候でも他の仕事ができるため常にできることがある
- 中抜き(ピンハネ)がなくなる
- 上記の無駄がなくなることによる費用削減
- 施主にとって作業者が明確であることは安心できる
- いろいろできて私が楽しい!!
こんなところかと思います。
デメリットは上記の逆になりますが、
- 全体を通してチェック回数が減るため、ミスに気がつきにくい
- 別作業を同時に進められない。キャパオーバーで仕事が回らない。
- (中抜きがなくなるのはいいことでしかない)
- 費用が削減されるが、工期は伸びる
- 一人及び少人数ではやれることに限界がある?
- 各作業の精度を維持・向上するのが難しい?
といったところでしょうか。
(客観的に敢えて悪く考えると、他人の目が減るので不正が起こりやすいリスクもあります。)
デメリットが大きく見えますが、これをなんとかしていくことが課題であり、これからの投稿で発信していきたいことです。
希望はある
独立というリスクを伴ってまでわざわざやる意味があるのかと言う意見もあるかと思います。
建築現場は高齢化が進んでいます。おそらく日本国民よりも高い割合で高齢者が支えていて、このままいくと数年後、十数年後にはかなりの業者がいなくなると断言できます。
建築業界全体の損失は大きなものですが、私が仕事を手に入れられるのかと言う面では大きな利点だと思います。言い過ぎると、一人勝ちです。
また、来たる大災害(南海トラフ地震など)の際、復興に向けて住まいを作れる人間が重宝されるのは当然です。そんな時にこの大工に頼めば家が建つ、そう思って欲しいです。
おわりに
私が理想とする工務店の像について語りました。
理想は高く持っていますが、現実的には全てを一人および一工務店だけでこなすのは不可能に近いです。どこかで折り合いをつけなければなりませんが、まずはなんでもやる。できるようにする。
意見などありましたらコメントください。
今後は動画やSNSも検討しています。その際はフォローお願いします。
ご安全に。


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